御溝と水車
御溝と水車
蔵の裏手に流れる幅2mほどの水路。これは御溝(おみぞ)と呼ばれ、江戸時代に球磨川支流・万江川の水を相良氏の下屋敷(別荘)へ送るために造られたものです。
現在でも農業用水や近隣住民のちょっとした洗いものに利用され、当蔵でもこの水を蒸留の冷やし水に利用しています。昔はここに水車がしつらえてあり、蔵内での仕込みや洗い水にも利用していたのですが、残念ながらこの水車、今はもうありません。
現在は道路の拡張とともに御溝沿いは裏通りとなりましたが、昔はこちら側が蔵の正面玄関。
涼やかな風が抜けるこの通りは坂本・万江と人吉とを結ぶ街道であり、馬車やロバを曳いて街道を行き交う商人や農民の格好の憩いの場、そして近所の人たちが徳利片手に焼酎を買いに来る社交の場でもありました。
御溝沿いの裏玄関には今もレンガ造りの煙突がそびえており、現役を退いた今も蔵のシンボルとして往時を偲ばせています。
杜氏の話
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